WindRun20周年|「駅伝に出たい」から始まった20年の物語

20年前、僕は無償の掲示板にこう書きました。

「駅伝に出たい。」

それがWindRunの始まりです。

当時は、ここまで続くなんて想像もしていませんでした。
全国に広がり、2500人が集まる駅伝を主催し、60組以上の結婚が生まれるコミュニティになるなんて。

WindRunが歩んだ20年を、あらためて振り返ります。


目次

1. すべては1人の投稿から始まった

WindRunの原点は、とてもシンプルです。

「駅伝大会に出てみたい。」

その思いを、無償の掲示板に投稿しました。

当時はビジョンも戦略もありません。
ただ、走ることが好きで、誰かと一緒に走れたらいいなと思っていました。

でもその小さな行動が、20年続く場所の始まりになりました。

振り返ると、人生は大きな決断よりも、
小さな一歩のほうが未来を変えるのかもしれません。


2. 東京マラソンとマラソンブーム

東京マラソンの開催をきっかけに、日本はマラソンブームを迎えました。

「ランニングサークルを探す」という文化があり、検索でWindRunを見つけてくれる人が増えました。

特別なSEO戦略をしていたわけではありません。
でも、検索されれば見つかる場所にいたことが大きかった。

時代の流れと、少しの行動。
それがWindRunを次のフェーズへ押し上げました。


3. 関東から全国へ

WindRunは、関東だけのサークルではなくなりました。

東海、関西、四国、九州、東北。

誰かが中央でコントロールしたわけではありません。

「この地域でもやりたい」
「じゃあ、やろう」

その積み重ねです。

トップダウンではなく、自然発生的に広がる。
それがWindRunの強さでした。


4. 2500人が集まった駅伝パーティ

WindRunの原点は駅伝です。

でも、仲間が増えたとき、こう思いました。

「自分たちで駅伝を主催しよう。」

そうして始まったのが駅伝パーティ。

主催は5回。
最大参加者は約2500人。
打ち上げも100名を超える規模になりました。

走るだけではなく、語り合い、笑い合う。

あの熱量は、今でも忘れられません。


5. メンバーが作ってきた文化

夏合宿、大会出場、街ラン、飲み会。

気づけば、イベントを作っていたのは僕ではなく、メンバーでした。

WindRunは「参加する場所」から「関われる場所」に変わりました。

コミュニティは、運営が作るものではなく、
関わる人が作るものだと学びました。


6. 60組以上の出会い

走ることをきっかけに出会い、
人生をともに歩むことになった人たちがいます。

サークル内結婚は60組以上。

WindRunは単なるランニングサークルではなく、
人生の転機になる場所でした。

これは、主宰として何よりの誇りです。


7. 次の世代へ

20年が経ち、メンバーのライフステージは変わりました。

仕事、家庭、子ども。

それぞれの人生が進む中で、
「次の世代へつなげたい」という思いが自然と生まれました。

WindRunは完成していません。

これからも走り続ける、未完の物語です。


WindRun20周年ページはこちら

20年分の軌跡を写真とともにまとめました。

▶ WindRun20周年特設ページ
https://windrun.net/20th-anniversary

関わってくれたすべての人へ。

本当にありがとう。

これからも、走り続けます。

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書いた人

平野 賢(ひらの けん)
1980年生まれ|神戸在住
WindRun代表LADY GO RUN運営|サブ2.5を目指すランナー

40代で各種目の自己ベストを更新しながら、
大会レポート・練習ログ・トレーニング知識・
ランナーコミュニティ運営の学びを
「走る人生ノート」にまとめています。

Personal Best
・1500m:4'13"(41歳)
・3000m:8'58"(41歳)
・5000m:15'28"(40歳)
・ハーフ:1:11:25(41歳)
・フル:2:32:31(42歳)

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